子供の才能の開発:創造性を伸ばす


 言葉には妙な働きがあるもので、“創造性”という言葉があるからには、そのような心理的な特性も存在するのだろうという感じが、なんとなくしてくるものです。

 しかし、創造性とは“いったいどんなものだ?”と問われると、心理学の本や科学者の説、芸術家の考え、いずれも思い思いで、”これが創造性だ”とはっきりした形でとらえることはできません。

 創造性というものを、個人の一つの特性として考えることに、そもそも無理があるのではないかという気さえします。

 創造性を伸ばす

● 創造性をどう考えるか

 創造というのは“つくりだすこと”に関係します。しかし、ただつくるのではなく、その方法や過程が自分独自のものであるという条件が含まれます。そのうえ、その方法なり過程が、自分自身にとっても使い古しであってはいけないということも条件になります。

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● 創造性をはかる尺度はない

 さて、つくる仕事を効果的に行なうには、知識や技能や経験が必要です。ところが、自分独自の方法で、しかも使い古しでない方法ということになると、従来の知識、技術、経験を破るものでなくてはなりません。

 このような矛盾一つとって考えてみても、創造性というものが、身長や体重などのように一定の尺度で計れるものではないことをお分かり頂けましょう。

 そこで、ここでは“創造性とは何か”という類の論議は避けて“使い古しでない、独自の方法によって新しいものを作り出す”という点について、幼児の生活と教育の問題を考えてみましょう。

 手段と目標を区別して子供を躾ける

● “型より入って型を出る“

 文字を書くにしても、楽器の演奏にしても、今まで長い時間をかけて作られてきた“型”というものがあります。その型を始めから無視してしまうと、よい仕事はできません。

 まず、型をしっかりと身につけ、その後はじめて型を破った独創的な仕事ができるというのが、われわれ一人ひとりの経験や実感からも、一応納得のできることです。型というのは、つまり、前に述べた従来の知識、技能、経験のことです。

 だが、こうして型から入った人々の大多数は、そのまま型にはまりっぱなしで型を出られないばかりか、いざ型を破ろうとする人の足を引っ張りさえするというのも、まぎれもない事実です。

 親が子供を躾け、教育するのは、子供に型を教えることですが、その場合にも親が型にこだわり過ぎている例が多いのではないかと思います。

● どのように型に導き入れるか

 最後に型を出られるかどうかは、おそらくどのように型に入っていくか(導き入れるか)に関係するのではないでしょうか。

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 最初から、型というものはやがては破られるものなのだということは承知の上で、時には型を破る試みもみとめながら、子供を導く必要があるのだと思います。子供に創造性を望む以上、親のがわで、型の意味と限界を十分に理解してほしいものです。

● 手段と目標とを取り違えてはいけない

 型は、本来は目標を達成するための手段です。しかし、型にとらわれて学習すると、“手段”と“目標”との見極めがつかなくなってしまいます。

 例えば、魚のおいしい焼き方というものはあるでしょう。だが、焼き方にはいろいろあるということを心得ないでお料理を勉強すると“この方法で焼いたのだからおいしいはずだ”、“他の方法で焼いた魚をおいしいと感じるのは、感じるほうが間違いだ”というような考え方になってしまいかねません。

 このような例ならば、誰が考えても明らかにナンセンスです。しかし、これが知的な問題解決や、絵を描いたり、粘土で動物をつくったりなどの活動になると、一定の方式を忠実に守っていない限り、出来上がりそのものまで否定してしまうような考え方が、幼児を指導する大人側に根強く植え付けられています。

 手段と目標とを混同しているどころか、手段を守らせることが目標になってしまったわけで、こうなってしまうと、その子供独自の考え方が生まれる余地がありえようはずがありません。

● 失敗や未完成を責めないこと

 いつでも一定水準の成果を上げるためには、従来からの方法が“保証付き“で有り、もっとも安全です。もっと別の手段で─ということになると、必ず危険が大きくなり、一定水準の成果が上がるかどうかの保証はなくなります。

 ですから、結果だけを評価され、間違ってはいけないといつでも気にしている子供は、“この目標を達成するために、他のやり方はないのか”などという気持ちを起こしにくくなります。

 子供を創造的にする環境は、失敗や未完成に対して目くじらを立てない、そして、性急に完成を望まない環境でしょう。

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● 早期の完成を望まないこと

 わが国の子供たちには、外国在住の日本人子弟も含めて、外国人の子供より一般に知的、技能的な進歩が早いと言われます。しかし、高校、大学さらにその後の業績という点になると、教育を受ける人口が多い割には、外国人より優れているとは言いかねることも事実です。

 これには、いろいろな条件が働いているのでしょう。一つには、わが国では、一般的に言って目標と手段とを混同する傾向があり、そのためある程度の水準には早く達することができるが、そこから従来の型を破って新しい進歩をとげることは難しい、ということも考えられます。

 子供の創造性を育てるには、早期の完成を望まない、むしろ抑えるような環境が必要です。

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