幼稚園と保育所;小学校入学前-親の心構え


 文字や数の勉強について

 “幼稚園は遊びで小学校は勉強”といったとらえ方があります。これはたいへん間違ったとらえ方です。幼稚園や保育園での“遊び”は、文字や数こそノートに書いたりしませんが、その“遊び”そのものが、一つの活動であり仕事であり、やがては学習や労働につながっていくものなのです。つまり“勉強”なのです。

● 勉強の準備は特別必要ではない

 園生活の中で“遊び”に対して積極的に取り組んでいた子供は、小学校へ入学してもいわゆる勉強にも意欲的です。

 したがって、小学校へ入学する時期が近付いたから、例えば、文字や数字を読んだり書いたりする練習や訓練をしたからといって、勉強の準備にはなりません。これまで通り、遊びに意欲的に取り組むように指導していくことが、より勉強の本質的な準備になるというわけです。

 ところで、文字や数についての事前指導について考えてみたいと思います。結論的にいえば、その必要はないということです。

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 例えば、数を1から100まで数えられるようになったからといって、その子は、はたして数を理解したかどうかははなはだ疑わしいのです。

 12という数字を読んだり書いたりできるとしても、10の位の1をなぜ10というのかの説明はできないはずです。本当の数の理解なしに、数字が読めたり書けたりしても、たいした意味はないのです。

 文字にしても同じことが言えます。正しい文字がとらえられるためには、上下、左右といった“位置関係”や長い短い、太い細いと言った“比較概念”がはっきりすることが前提です。

 文字の指導以前に、位置関係や比較概念を明確につかめるような指導こそ、大切にされなければなりません。

● 入学前のテストに神経質にならないように

 前にもちょっとふれましたが、正式に入学する以前に、“1日入学”をさせる学校があります。これは、一つには保護者に対する学校紹介、二つには、子供たちに小学校への期待と親しみを持ってもらうことを、意図して行なわれるものです。

 ところが、1学年2学級以上の編成になる学校においては、そのクラスの編成の資料を取るために、簡単なテストを実施したりするところがあります。

 この入学前のテストに対して、親の中にはかなり神経質になる人がいます。そして多少でもよい成績を取らせるために、テストの準備教育をするお母さんがいますが、これは何の足しにもなりません。神経質に考える必要はまったくありません。

 学校と家庭教育の分離

● 学校への期待をかけ過ぎないように

 「1年生になれば、身の周りの始末や後片づけもうまくなるだろう」「給食もあることだし、偏食もなくなるだろう」「この甘えん坊も、1年生になったらしゃんとするだろう」といったような親の期待があります。

 “1年生になればなんとかなる”“1年生にさえなれば全ては上手くいく”といった思いは、まさに他力本願的な甘い考え方です。家庭における躾や教育をいい加減に放っておいて、学校教育だけで子供が変わるはずはありません。

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 例えば、偏食について考えてみましょう。私たちは1日3度食事をするとして、1週間には21回の食事をします。そのうち学校での給食は、1週間のうち5回で、家庭では16回の食事をすることになります。したがって1対3の割合で、学校よりも家での食事が多いというわけです。

 つまり、偏食の指導は1対3の割合で、家庭の側に多くのチャンスがあるというわけです。しかも家庭では、その子に応じたステップを踏んで指導することも出来るはずです。

 このようなチャンスを生かすことなく、家庭でわが子を教育しようとすることなく、学校教育にのみ期待をかけるのは、余りにも身勝手な事といわなければなりません。学校での教育は、教科の指導と集団生活にかかわる生活指導が主な領域となります。

 自分の身の周りの始末ができるようにするとか、偏食の指導など、つまり個人的な躾にかかわる指導は、あくまで家庭教育で担当すべきことなのです。

 学校と家庭で受け持つべき指導の領域は、一応分けて考えておかなければなりませんが、だからといって、相互に連絡したり協力しあったりすることなく、それぞれ勝手な指導で終始したらどうなるかは、説明するまでもありません。

 可能な限り相互に連絡を取り合って、一つの方向に向けて指導していかなければ効果は上がりません。いってみれば、家庭と学校は車の両輪とならなければならないのです。

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