心を育てる遊び;感覚訓練と感覚遊び


 人間の認識の土台は、なんといっても感覚です。感覚の鈍い人間は人形みたいなもので、生きて活動できません。感覚を養う遊びには、物を見て楽しむ、聞いて楽しむ、触って楽しむなどがあります。

 触って楽しむ遊び

 幼児は感覚に敏感です。めずらしい物は手で触ります。次に膝にあててみます─子供は男女とも膝は露出していますから…。頬へ持っていきますし、口へも持っていきます。こうして、それがなんであるか確かめようとするのです。

 大人は、厚手の木綿製だからごわごわしているとか、ビロードだからツルツルだろうとか、知識ですでに認識ができています。子供は触りながら知識を得ていくのです。

● 普段の“試み”が子供の学習

 ママのほっぺたはツルツル、パパのほっぺたはザラザラ、こんな違いを“発見”して大喜び。ほっぺたをくっつけてきて、もう一度確かめようとします。日常よくある、こんなたわいもない行動が子供の“試み”であり、“学習”なのです。

 こんな遊びなら、とくに遊具を買い整えなくても、あり合わせの布地などで、お母さんと一緒に遊べます。

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● 子供の大好きな水遊び

 水辺や水たまりで、すぐピチャピチャと水に足をつけたくなるのも子供です。こうして、水の“性質”を知りたいのです。足をつけると形を変えたり、あふれたりする水たまり、跳ね返る水、描かれる波紋、乾いた土にはっきり水のついた足跡…。泥んこでも同様です。

 お母さんがいくら叱っても、衣服を濡らして、いつまでも遊びをやめません。洗濯はたいへんでしょうが、子供は大事な感覚遊びをしています。

● 砂場は感覚遊びの宝庫

 子供が砂場を大好きな事は、よくご存じですね。なにしろ、砂というものは形が作れたり壊せたり、変化します。水や泥んこより、ここが面白いのです。砂場や粘土いじりはぜひやらせて下さい。

 ただ、破傷風という万一のことも考えて、その予防だけは、ちゃんとしておくべきです。

 聞いて楽しむ遊び

 聴覚の刺激に対しても、子供は敏感です。太鼓や木琴をうるさいほどたたきます。これも、音によってそのものの性質を確かめているのです。

● パスカルの感覚遊び

 「パスカルの定理」を発見したパスカルに、こんな逸話があります。幼かった頃のある日、彼はスプーンでお皿をチンチンとたたいていました。「お食事の時になんですか!」と叱られたのはもちろんです。

 そのときパスカル坊やは「お皿を手で押さえると、音が止まってしまうんだ。どうしてだか、いま考えているの」と言ったそうです。10代で「音響論」という論文をものにしただけのことはあります。

 “お皿を手で押さえたら、音が止まった!“この発見こそが重要なのです。こんな驚きの中には、科学する心さえ育っているのです。

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● 音楽のおけいこごとにも発展していく

 また、こういった音の感覚遊びは、後々の音楽的感覚にも通じていきます。事実、ピアノを弾いたり、名曲を楽しんだりすることは、高度の感覚的要素が入っているのです。

 遊びの段階では感覚訓練を禁止していた母親が、ピアノのおけいこになると、急にやかましくなるのはよくある例ですが、矛盾しているとは思いませんか。

 臭いをかぎ分ける遊び

 感覚の訓練で忘れられているのは「臭い」です。日本人はかつて、素晴らしい臭いの文化を持っていました。ヒノキの香りのするお風呂を喜び、生け花や臭いの文化の頂点に、香をたいて“臭いをきく“という香あわせの遊びがあったのです。

● 臭いを追放した現代生活

 それなのに、現代ではお風呂といえば、材料はポリバケツと同じものだし、食べ物には食品添加物で臭いがつけてあります。合理的かもしれませんが、味わいにかけます。

 マイホームからお仏壇が消えて、線香の臭いも漂いません。その代わりに、排気ガスや産業公害の刺激的な臭いが、人間の生活を損なっています。

● 臭いの再発見

 しかし、人間の五感(触覚、視覚、聴覚、味覚、臭覚)といえば、臭いの感覚も入るのです。しかも、人間は、この臭いの感覚を楽しみ、生活を豊かにしてきました。

 たとえば、花や果物の臭いをかいで楽しんだり、季節の野菜の臭いに、いろいろと違いのあることに気づいて、子供は喜ぶでしょう。鼻でかいでも確かめられるということさえ、子供にとっては“発見”なのです。

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