子どもの性格-性格がつくられる過程

● 自分の子どもをはっきり知る
 性格の形成過程はきわめて複雑であり、”人間をつくる”ということは、物を作るようには簡単にいきません。その子どもにはどんな素質があり、それはどうすることによって目標に達するかーこれはむずかしい問題ですが、ぜひ考えなければならないことです。

 子どもによっては、しかると反省する子もいますし、反抗的になる子もいます。すぐ立ち直って朗らかになる子どももあれば、いつまでもメソメソしている例も少なくありません。”しかる“という一つの親の行動でも、それを受けとめる子どもの反応はさまざまです。

● 自信を持って積み上げていく
 幼稚園や小学校では、子どもの集団をとおしての教育です。これにたいして、家庭での教育は、親と子の一対一でされるだけに、密度は非常に高くなるし、良いにつけ悪いにつけ、その効果はてきめんです。

 それだけに、親としては、自分の子どもはどんな子なのか、その子にたいして親である自分自身はなにを期待しているのかということを、じゅうぶんに知っておくべきです。

 “教育ママ”となかばからかい気味に呼ばれている母親のなかには、目標があまり高すぎる人もいます。また、目標があまり具体的でなく、ただなんとなく目に付いた子どもの素質だけをやたらに伸ばそうとしている人もときどき見られます。

 教育とかしつけというものは、長い時間をかけてーその子どもの一生の見通しをもってー行なわれるものです。そのときそのときの悲観や焦りに、親の態度が左右されるのは禁物です。

 静かに、じっくりと考え、子どもを観察すれば、この子にはこれだけは身につけさせておきたい、ということが、かならずいくつかは出てくるだろうと思います。それを、自信を持って積み重ねていってください。

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● 子どもは成長する“生き物”である
 教育というものは、一つの素材からあるまとまった姿を作り出すという点で、彫刻と似ています。一人の子どもという素材の性質によって、なるべく早く手を加えなければならないところと、後回しにしてもよいところとが分かれてくるはずです。

 ただ、彫刻と違うところは、素材が石や木ではなく、生きて成長しつつある子どもであるという点です。しかもその成長は、少しずつ段階を追って成長しているのですから、親はたえずその発達段階に注意して、無理な要求をしたり、発達の途中でのつまずきや、足踏みや、回り道にあまり神経質になってほしくないのです。

● 親が意識しないマイナスの教育もある
 親が”これは家庭教育である””しつけである”と意識していないことが、子どもの心に大きな影響を残すことがしばしばあるものです。

 たとえば、来客があって母親が客の前では「どうぞごゆっくり」などといっていながら、台所では「あの人、いつも長居で困るわ」と言ったりします。

 また、夕食のとき、母親が父親にむかって、隣近所のことを「あそこの子も困ったものね。親はなにをしているのかしら」などと話しているのは、ごくありふれた夫婦間の雑談であり、ときには夫婦間の潤滑油みたいなものです。

 しかし、それが積もり重なって、いつもそれを聞いている子どもの人間観に、一つの方向付けをしてしまうことはじゅうぶん考えられます。子どもは裏と表を使い分ける”処世術”を、いつの間にか身につけるかもしれません。

 このように、ある人の基本的な価値観、”上品”とか“下品”とかいうことばで表される社会的態度は、家庭にあって長い期間にわたる親と子のふれあいをとおしてつくられていくことが多いのです。

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● 親の心の中に“いいわけ”が用意されている
 子どもにたいして拒否的な態度をとっているばあいにしても、親は心の中では「愛情を持っているのだ」と思っています。専制的な態度をとっていながら「これは愛のムチだ」と、自分自身の行為を許しています。

 そして、何か後ろめたい思いをしながら、自分は本当に豊かな愛情で子どもをつつみこんでいないのだという事実から目をそらそうとすることが多いものです。

 このような場合、子どもとの間に、暖かい肉親の情の交流が途絶えてしまうのは当然のことでしょう。